ヴェルサイユ宮殿

2009年9月25日(金曜日) 世界一周33日目 フランス4日目

ヴェルサイユ宮殿へ

ヴェルサイユ・リブ・ゴーシュ駅へ到着

1662年、ルイ14世はこのべルサイユ宮殿の建設に着手する。贅の限りを尽くした宮殿は50年後に完成し、宮殿内では連日豪華な舞踏会が催された。やがてブルボン王朝の財政が悪化し民衆の不満はつのる。そしてルイ16世の代となった1789年、フランス革命が勃発し、ルイ16世とマリーアントワネットはここ、ヴェルサイユ宮殿で革命に飲み込まれる。

チケット売り場は長蛇の列・・・トリアノンまで見学可能なチケット購入で一人20ユーロ(≒2800円)のまさに宮殿価格。

宮殿内の王室礼拝堂

ここでルイ16世とマリーアントワネットの婚礼式が行われたとのこと。天井画はもちろんのこと、床のモザイク状になっている大理石も美しいつくり。


王の寝室。
王のベッドはとても小さなつくりになっており、横になることは死んだ人間のとる格好として、横になることを嫌い当時の貴族は座ったまま寝ていたのだとか。

ヴィーナスの間にて

ガイドさんのモミアゲもベルバラ調。


随所に当時の豪華絢爛な様子がうかがわれましたが、革命後に調度品などは競売にかけられたりしたらしく、中には簡素な感じのする部屋もありました。


様々な儀式が執り行われたという「鏡の間」
1919年には第一次大戦の停戦条約であるヴェルサイユ条約の調印がされた。長さ75メートルの鏡の間は、17枚の鏡と17枚の窓で構成されており、大ぶりのシャンデリアが鏡に映りこみさらに豪華さを際立たせている。ずっと上を向いて歩き続ける。

そして、ルーブル美術館でも見た「ナポレオンの戴冠式」の絵がここにももう一枚!
この絵を描いたダヴィットはナポレオンが失脚した際に「ナポレオンの戴冠式」の絵が破棄されるのを恐れてもう一枚書き上げたという。それがここヴェルサイユ宮殿にある。

ルーブル美術館にある「ナポレオンの戴冠式」の絵とほどんど同じではあるが、左側に立っている4人の女性のうち一人の衣服がピンク色を呈している。(光が入ってしまい、ちょっとみにくい。ルーヴル美術館の絵では全員白い衣服を着ている。)

ピンクの衣服を着た女性に作者のダヴィットが好意をよせていたから・・・とか、このように同じ絵を描く時は二枚目はどこか一点変えないといけない・・・とか諸説あるようだが、こうして比べてみることができるのはおもしろい。

ヴェルサイユ宮殿の広大な庭園。

ヴェルサイユ宮殿の庭園は徒歩で移動するにはちょっと広すぎるので、「プチトラン」というミニバスに乗って移動する。

この「プチトラン」、一人6.5ユーロ(≒910円)もします。値段はぜんぜんプチじゃない!革命が起きそうな値段設定なのだ。

ヴェルサイユ宮殿の離宮「グラントリアノン」へ
もともとはルイ14世がヴェルサイユ宮殿での堅苦しいエチケットやプロトコールから離れてくつろいで過ごすために作らせたと言われている。

グラントリアノンにあった調度品は革命後にすべて持ち去られてしまったため、その後のナポレオン一世が住んでいたころのものが置いてあります。離宮はピンク色の大理石がふんだんに使われ、庭の淡い色の草花
ととても調和していました。

そして次はルイ15世が愛人ポンパドール婦人のために作らせたという「プチトリアノン」へ。しかし、プチトリアノン完成前にポンパドール婦人はなくなり、その後、ルイ16世によりマリーアントワネットに贈られたのだという。

マリーアントワネットはここをたいそう気に入り、自分のお気に入りの人たちと好きなことをして時間を過ごしたという。


マリーアントワネットが親しい人を招待して劇を上演していたという「王妃の劇場」小さめのつくりではありましたが、自分専用の劇場なんて贅沢です。スケールが違います。


マリーアントワネットの寝室。とってもかわいらしい。男子禁制ですよ!

ルイ14世時代にフランスの贅をつくして作られたヴェルサイユ宮殿。革命によってその役割に終止符を打たれたにも関わらず、当時の華やかな貴族の生活を垣間見ることができた気がします。

本日はエスカルゴに挑戦!バジルペーストがうまくエスカルゴに絡みとてもおいしかった!ペロリ。

宿泊 ホテル 60ユーロ